たったひとつの問題だけに向き合えたら、どんなに楽だっただろう。
でも、心が沈みかけていた娘を支えようとしたその時、実家から「父がおかしい」と連絡がきた。
家族の何かが壊れていく音を、同時に何箇所からも聞いた気がした──。
🎓中学受験の終えた先にあったのは、“安心”だけじゃなかった
ソロ子はかつて、中学受験を最後までやりきった📘
自分で選び、楽しみにして入学したはずの学校🏫
けれど、しばらくしてから「学校に行きたくない」と漏らすようになった。
「あんなに頑張っていたのに、なぜ?」🤔
その本音が出てくるまでに、ずいぶん時間がかかった🕰️
──そして、私たちはスクールカウンセラー室にいた。
💬「学校には行きたくない」──小さな言葉がこぼれた日
1月のある日、学校の授業を少し早退して、両親とソロ子の3人でスクールカウンセラー室を訪れました🚪
場所は学校の一角にある、静かな相談室。時間は1時間ほど⏳
昨年、ソロ子が学校で倒れたことや、私(母親)の入院など、ここ最近の家庭の出来事をカウンセラーの先生に話しました。
基本的には、私たち親がメインで話す形。ソロ子はというと、いつも通り、初めて会う大人に対しては心を閉ざしてしまいがちで……
この日も例外ではなく、私の腕をぎゅっと掴みながら、じっと先生の話を聞いていました🤝
でも、先生が「部活の話」を振った途端、空気が少し変わりました。
ソロ子が所属している部活は、先生もよく知っている活動だったらしく、思いがけず話題が盛り上がり📣
すると、ソロ子もぽつり、ぽつりと短い言葉を返しはじめたのです🗨️
そのうち、「担任の先生がちょっと苦手で……」といった本音もこぼれるように。
先生は特に突っ込んで聞くわけでもなく、「友達とはどう?」「学校の雰囲気は?」といった、当たり障りのない話題を織り交ぜながら、ソロ子の言葉を待ってくれました🍃
そのなかでソロ子がぽつんと口にしたのは、
「学校には、あまり行きたくない」――という本音でした😔

🛋️カウンセラー室が「逃げ場」になるかもしれないという話
私たちはもともと、精神科(メンタルクリニック)での相談を希望していました🧠
けれど、中学生を受け入れてくれる病院が本当に少なくて…🏥
年齢制限や予約の壁に何度もぶつかっていました📅💦
その話をすると、カウンセラーの先生が学校近くの2つのクリニックを教えてくれました💡
「もしかしたら、そこなら中学生も受け入れてくれるかもしれません」とのこと。
また、今回のように「ちょっとしんどいな」「誰かに聞いてもらいたいな」という時には、この相談室を利用するのも一つの方法、と言ってもらえました🗝️
「学校の中に“逃げ場”がある」
それだけでも、少し心が軽くなるような気がしました🌱
🧩「行ける」と「行きたい」は違う──むずかしい心の居場所づくり
その後、私は何度かソロ子に「カウンセラー室、また行ったりしてる?」と聞いてみましたが、返ってきたのはこんな言葉。

「静かすぎて、逆に怖いんだよね」
……そっかぁ、と思わず苦笑い😅
実はカウンセラー面談のときにも、ソロ子は「教室はうるさすぎる」と話していました📢
なのに、静かすぎてもダメなのかぁ、と。
やっぱり一筋縄ではいきません🌀
でも彼女なりに、少しずつ、少しずつ言葉を紡ごうとしている✍️
そう感じられた時間でもありました🌸
父に何が起きたのか──ジジが、ジジでなくなっていく
少しずつ、ソロ子の“心の言葉”に耳を澄ませていたころ。
私たちの家族は、また別の“異変”にも向き合わなければならなくなります。
今度は、父──ジジのことでした。
📞母からの一本の連絡──「また、ジジが変なんだよね」
数日後、実家の母(バーバ)とのビデオ通話の途中で、ふと口にしたのがこんな言葉──

また、ジジ(実父)の様子が変なんだよね
実は、去年の秋にも一度“おかしな言動”がありました。
家の中で「ここはどこだ」と迷子になり、誰もいない空間に向かって「そこに誰かいる」と指さす👤
いわゆる幻覚のようなものです👁️🗨️
家族で「おかしいよね」と話し、病院受診をすすめましたが、本人が強く拒否し、それきりに🚫
今回は「今なら連れて行けるかもしれない」というバーバの言葉を信じ、私は翌朝すぐに車で実家へ向かいました🚗
到着すると、ジジは見た目には“いつもの父”でした。
けれど病院に行こうという話の流れの中で家の中に「知らない人がいる」と怯え、空間に向かって「出ていって!帰って!」と怒鳴りつけ始めて。
その場で実際に見たとき、私は言葉を失いました。
宗教団体の人が白い服を着て部屋に立っている──そんなことを本気で言いながら、
壁の方に怒鳴りつけていたのです。

🚶♂️足が5ミリしか出ない──ジジの体が、知らない人みたいだった
説得しながら身支度をして、病院に行くために玄関に連れて行こうとしたら、

病院イヤだよ〜!なんでそんな事するのぉ
ジジは泣きじゃくるように嫌がりました😢
でも「今逃したらもう無理だ」と思い、覚悟を決めて連れ出しました💪
すると今度は、歩き方に異常があることに気づきました。
足がほとんど上がらず、玄関を出て車に乗せるのに30分以上⏱️
片足を5mmほどしか動かせず、車の段差もまたげません🚪
仕方なく、まるで高齢の要介護者を介助するような形で乗せることに🚶♂️🤝
🧠記憶のゆがみと、現実がほころぶ瞬間
診察で医師から問われた「今日は何曜日ですか?」「ここはどこですか?」という簡単な問いに、ジジはまったく答えられず、
出てくる言葉はちぐはぐで、自分の年齢すら言えなかったのです🌀
——この時点で、「ただ事ではない」と確信😟
ジジは後期高齢者という年齢にはまだ届いておらず、つい半年前までは受け答えも記憶もクリア💡
中学受験に挑むソロ子の勉強を見てくれるほど、地頭もよく、頼れる存在だったのに✍️📘
⛑️玄関で崩れ落ちた父──救急車を呼ぶしかなかった
その日は精密検査を終え、一度帰宅していました。
けれど玄関で靴を脱いだところで、ジジは段差を上がれず、ドサリとその場に座り込んでしまったのです。
立ち上がることができず、「痛い」「つらい」と繰り返すジジ。
その姿は明らかに“ただの疲れ”ではありませんでした。
私とバーバだけではどうにもできず、結局、救急車を呼ぶことに🚨
朝に通院した病院に逆戻り🚑️
診察の結果、膀胱に大量の尿がたまっている「尿閉塞」と判明し、すぐにカテーテルでの処置が行われました。
それがまた相当な痛みを伴ったようで、ジジは処置中に大声で叫び、
さらに天井や壁を見つめながら、孫やバーバの名前を呼び続けていました。🌀👤
あとで知ったのは、それが「せん妄」と呼ばれる症状だったということ。
とりあえず今日は乗り越えたけど、「もう大丈夫」って言えなかった夜
処置が終わっても、自分では立てないし歩けない。
それなのに「帰る!帰る!」とベッドから降りようとし、看護師さんたちが何度も優しく声をかけてくれていました👩⚕️🧑⚕️
👩⚕️🧑⚕️「寝ててねー、帰らなくていいからね」
忙しい中、ずっと付き添ってくださった看護師さんたちに、バーバと私は感謝しかありませんでした🙏
同時に、「ごめんなさいね……」という申し訳なさもこみあげてきて😔
ようやく家に帰り着いたのは、夜の9時過ぎ。🌃
そのとき初めて、バーバと顔を見合わせて
「朝から何も食べてなかったね」🍽️
と笑ったのを、今でもよく覚えています。
こうして、あの日1日の出来事は、文字通り“嵐”のように過ぎていきました。
振り返ると、たった1日でここまでの展開があったのかと、今でも驚きます。
🕰️ ジジ救急搬送日の流れ(時系列まとめ)
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🔸 前日夜:バーバから「様子が変」と連絡が入る
🔸 翌朝:実家へ🚗 幻覚のような言動あり。説得のうえ、なんとか総合病院へ🏥
🔸 昼頃:精密検査の予約をして一旦帰宅するも、玄関で立ち往生🌀
🔸 午後:救急搬送🚑 膀胱に800ml以上の尿がたまり、カテーテル処置
🔸 夕方:そのまま病院で経過観察🏥 医師より「排尿トラブルによるせん妄」と診断🩺
🔸 夜:帰宅🏠🌃 シャワーを終えたのは夜10時過ぎ。朝食・昼食・夕食をまとめて🍚
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✅️ 家族の「今」を回すために

それからの1週間は、バーバと私の“交代制介護”が始まりました🔁
介護ベッドを申請し、日中は通院に付き添い🏥、夜は転倒を防ぐために見守り👀
バーバの仕事は在宅を取り入れながら、私は実家に泊まり込みました🛏️
ジジにはカテーテルが入っているのに、何度もトイレ(小)に行こうとします🚽
カテーテルの管とパックを持たずに歩き出そうとするので、そのたびに声をかけます📣
「ジジ、もうトイレ行かなくていいんだよ」
昼夜逆転していて、夜中にも呼ばれることが何度もありました🌙😮💨
日中も、足が思うように動かないため、立ち上がるたびに付き添いが必要🤝
記憶の抜け落ちもあり、昨日話した通院の予定や、
「バーバが仕事を休んでいること」なども、リセットされてしまう日がありました🧠💭
それでも──
介護ベッドや福祉サービスの手配が少しずつ進み🛏️📑
ようやくほんの少し先が見えてきた──そんなタイミングで、
私は土曜の夜、一度自宅に戻ることにしたのでした🏠🌃
このあと、娘・ソロ子の“薬の過剰摂取”という出来事が、
待ち構えているとも知らずに──。
🌤️ほんの少し光が見えた ──でも、それは“嵐の前の静けさ”だった
ジジの介護と向き合う日々。
少しずつ整い始めた生活の中で、私はふと感じていました。
「なんとなく、ソロ子の様子が気になるなぁ…」🤔
──そんな小さな違和感が、
これから訪れる“もうひとつの嵐”の始まりになるとも知らずに。
🏠 自宅に戻った直後、
今度は娘・ソロ子の「命」に関わる騒動が、私を待っていました。
📖 次回に続きます。
筆者:おカシャ
おかーしゃん+「花車(=ガーベラ)」をもじって命名。

ガーベラの花言葉は“希望”と“常に前進”。
思春期と反抗期に挟まれて、だいたい何かに追われてる毎日ですが、
“おもしろがる気持ち”だけは前に進めていたい。
家族との暮らしの断片を、少しずつ。
よかったら、つまみぐいしていってください。
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