── 交差する心と身体のサイン
「突然の腹痛で婦人科受診、そのまま緊急入院──」
母親の不在中、思春期の娘が闇ノートに“ある言葉”を書き残していたことを、あとで夫から知らされました。
この記事は、10cm大の子宮筋腫を持つ母の入院と、その裏で見え始めた子どもの心の異変について綴ったものです。
「子どもの心のサインに気づけなかった」「思春期の子育てに悩んでいる」そんな方の参考になれば幸いです。
ある朝、突然やってきた「母の緊急入院」
ごろりと寝返りしたら…激痛で始まった真冬の朝
いつも通り寝ていた深夜3時ごろ。
寝返りを打った瞬間、違和感と共にお腹にズキンとくる激痛⚡️
今までに感じたことのない種類の痛みで、「どこが?何が?」と混乱🌀
でもこの日は、長女ソロ子(中学生)が部活の遠征へ出かける日。
朝5時には起こさないといけない。
「とりあえず今は寝よう」そう自分に言い聞かせ、なんとかもう一度眠りにつきました。
予定通り5時に起きて、ソロ子を見送ったものの、痛みはずっと続いたまま⚡️
まるでずっと続く“陣痛”のような鈍い痛み。
波もなく、緩むこともなく、ただひたすら痛い😖
体を横たえてじっとしているしかなくて、いよいよ眠ることもできなくなった💦
「やっぱりこれは普通じゃない」と感じ、近くの総合病院の婦人科へ行くことに🚗
「これは入院だね」──想定外だった診断結果
実は私、10cmほどの子宮筋腫持ちでして…。
ソロ子を妊娠したときから指摘されていて、次女ぺらこ(小学生)を出産したあともずっとそのまま。
生活に支障が出るような大きな自覚症状もなく、「閉経まで様子見でいいですね」と言われていて、半年に一度の定期検診を続けていました。
前回(数ヶ月前)は不正出血もあって、念のために子宮頸がんと子宮体がんの検査も受けましたが、いずれも陰性。
それが今回は、まさかの展開で――
女医👩⚕️「これは緊急入院だね❣️ご主人呼べます?
第一声がコレ↑ですよ?😂
卵巣が腫れていて捻転していたそうで…。
おそらく深夜の寝返り時の違和感がコレだったのか、と納得。
その後はあれよあれよと手術のための検査が続き、痛みは薬で抑えることが出来ていたものの、「ソロ子の遠征中なんだよなぁ」「ぺらこ午後から塾だけど」など、迎える冬休みの事を考えて不安になっていました。
(当日のバタバタは機会があれば触れたいと思います)
娘たちに告げられた、母の不在という現実
その日、前述の通りソロ子は朝から遠征に出かけていて、帰宅してから「お母さん緊急入院したよ」と知らされることに。
日中もLINEで遠征中での出来事などを写真つきでやり取りしていましたが、心配させてしまうと思い、入院のことはこちらから触れていませんでしたので驚いたと思います。
ぺらこも塾から帰ってきて、ぶちょー(夫)から話を聞いたようで。
それぞれから心配のLINEが届きました😭
偶然にも、ソロ子は耳鼻科へ
そして翌日、私が緊急手術を受けていたちょうどその頃、ソロ子は予定していた耳鼻科を受診していました。
(少し前から耳の中が赤く腫れていて、気になっていたため)
ぶちょーは手術の付き添いがあるため、急遽、一人で受診をすることになり心細かったと思います。
――これ、あとでつながるエピソードになります。
母、Botと化す
入院が決まり、緊急手術も終えた私にとって、
家で待っている家族と連絡が取れるLINEは、ほっとする時間でもありました。
とくに、長女ソロ子とのやり取りが印象的で↓

質問に一つずつ答えているうちに、不思議と不安もやわらいで、
「そういえば、自分もまだまだ親として必要とされてるな」と思えたのを覚えています。
AIチャットのようにリズミカルに返答しているので、まるでBotのようになっていますが😂
入院中に明かされた、娘の心のSOS
「心の問題かもしれない」──はじまったソロ子の受診
少し前に、ソロ子は小児神経科で脳波やMRIの検査を受けていました。
受診するきっかけはコチラ
でも、てんかんなどの身体的な異常は見つからず。担当の先生からは、「心の問題も見てみたほうがいい」と言われて、精神科の受診を勧められたそうです。
その話を入院中の病室でぶちょーから聞いて、「どこがいいかな」と2人で相談していました。
正直、私の経過などそっちのけでソロ子の事が心配でしたね😅
メンタルクリニック探しの、現実と壁
ぶちょーは、私の入院中の身の回りの事と並行して家のこと・ぺらこの送迎・そしてメンタルクリニック探しを一手に引き受けてくれました。
でも現実はなかなか厳しくて…💦
中学生以下を受け入れてくれるクリニックがまず少ない。
さらに、土曜も診療あり、通学しながら通える範囲、となると候補がぐっと減ってしまいます。
やっと見つけた一駅隣のクリニックは、電話は出ないし、メールのやりとりものらりくらり。
なかなか予約を取らせてもらえず、結局、年末の慌ただしさもあって一旦ストップすることにしました。
これが後々の後悔につながり、半年後にも「そんな手段もあったのか❗️😭」と思い知ることも知らずに…
ノートに残された“ある言葉”──親として向き合う瞬間
入院中のある日、ぶちょーから、思いがけない話を聞きました。
ソロ子が小児神経科に行った際、気持ちを言葉にしやすくなるようにと、本人が持参していた“闇ノート”を先生に見せたそうです。
そのノートの一ページに、ぶちょーがふと目を留めたとき──
……「◯にたい」って、書いてあった。
まさか、うちの子が?
そんなふうに思ってたの…?
頭では受け止められたけれど、入院中ということもあって、感情の方はまだ追いついていなかった気がします。
家族それぞれの冬休み──そして退院へ
退院後、見えた父子のがんばりと家庭の景色
1週間ほどの入院生活を終えて帰宅🏠️
家に帰ってきてまず驚いたのは、「意外と荒れてない…!😲」
ぶちょー、ほんとにいろいろ頑張ってくれてたんだなぁと、しみじみ。
入院中も毎日お見舞いに来てくれて、洗濯物の入れ替えをしてくれたり、
病室で1時間くらいゆっくり話す時間も持てたりして(色気ゼロの内容😂)、「あぁ、頼りになるな」と改めて感じました。
シンク内にお惣菜の空パックが積み上げられていたり、外食が多めだったりした事なんて大目に見てやるか😂
おわりに:まだ、終わっていない物語
続きもまた、ゆっくり綴っていけたらと思います。
誰かの「うちもそうだったよ」という共感に、いつか繋がるように。
🔗 続きはこちら
次に綴ったのは、
登校渋りの兆しが見え始めた娘と、認知機能に異変が出た父──
家族みんなの「変化」に向き合った、1週間の記録です。
👉 「娘のSOSに気づくまで──介護と家族の危機が重なったあの週」を読む
筆者:おカシャ
おかーしゃん+「花車(=ガーベラ)」をもじって命名。

ガーベラの花言葉は“希望”と“常に前進”。
思春期と反抗期に挟まれて、だいたい何かに追われてる毎日ですが、
“おもしろがる気持ち”だけは前に進めていたい。
家族との暮らしの断片を、少しずつ。
よかったら、つまみぐいしていってください。
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